災厄の螺旋

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人間であるかぎり、生涯、教育ということが課題になります。この「教える」/「学ぶ」には訓練ということが欠かせません。訓練は単なる学習でもなく、練習でもありません。きちんと坐る、きちんとお辞儀をするというようなごく単純な訓練であっても、その要は人間形成ということ、あるいは「行」とすら言えることです。この最も単純にして基礎的なことがゆるがせにされ、無視されると、その結果は簡単には直せないような人間の状態を惹き起こすことになります。(中略(逆))あるいはまた、これが本当の人間だと感銘を受ける人間に実際に出会い、その人を模範にして生きるということもあります。私自身も長い人生の中で男性女性少なくとも数名の名前をはっきり挙げることができます。完全無欠な人間ということではありません。それは理想的というより空想的です。そうではなくて、長い間一緒になにかをしてきて、或る具体的な問題にぶつかって、現実に現れるその人のあり方、仕方に感銘を受けて、実際に模範になったという意味です。

上田閑照『宗教とは何か』

アイデンティティの危機に陥る時は、それまで達成した心理的発達では対応できない問題が現れた場合である事が少なくない。何の具体的な問題も抱えていないのに、自分のあり方に思い悩むような想像力豊かな人は少ない。

発達段階には呪術的段階、利己的段階、神話的段階が最初にくる事は以前に書いた。また、一般的な教育を受けた者の大抵は高々、神話的段階までで発達が止まる事が多いようだが、あくまで発達心理学の観点から見た場合の話ではある。

スピリチュアル・精神世界では、特に呪術的段階の発達において問題を抱えている人の受け皿になる事を目指すものであると、これも何度か書いたが、より厳密に区別すると一過性の状態の人と慢性的な状態の人に分かれる。

呪術的段階をきちんと通過している人であっても、自分の力ではどうしようもないような手も足も出ない状況に直面してストレスを感じ続けると、一時的に退化する場合がある。こういった人は、問題が解消されれば目が覚めたように精神世界を卒業していく。

一方で、何らかの理由で呪術的段階をきちんと通過する事ができなかった人は、特に理由が無くとも精神世界に関心を持ち続け、顧客ならお得意様になるし、真摯な求道者になる事もある。心の底から本気で信じているので、その分野を象徴する貴重な存在となる事もある。

利己的段階以上の人達は、呪術などは子供の頃に終わった夢であり、信じられる余地が無いので搾取ビジネスとしか見ていない事になる。なぜ人間の内面がそのようになっているのかは分からないんだが、そんな事あるわけないと感じるようにできているようだ。

従って、重要なのは発達段階だが、主宰者を選ぶ時は一過性の呪術的段階への退行を起こしている者を選ぶと、本当に成功に導いてくれる場合があり、顧客を選ぶ時は慢性的に呪術的段階に引っ掛かっている者に照準を定めると、安定した収入に繋がる。

とはいえやはり、特定する方法は無いかもしれないが、仙術師が呪術師の中に紛れ込んでいる可能性も否定できないし、めくるめくきらびやかな仙術の世界が実在する可能性も否定できないのであって、浪漫が全く無いわけではない。

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