この者たちは、あなたがたの愛餐の染みです。厚かましくも宴席に連なり、わが身を養っています。彼らは、風に吹き飛ばされる水なき雲、実を結ばず枯れ果てて、抜き捨てられた秋の木、わが身の恥を泡に吹き出す海の荒波、さまよう星です。彼らには、真っ暗な闇が永遠に待ち受けています。
ユダの手紙0.12ー13
政治や宗教の話題はタブーだと言われていて、かなり親しい仲にならないと議論の的にはならない。また、親しい仲でもこの種の話題が原因で行き違いが生まれて物別れになる事もある。
個人的には、金銭にまつわる話題がこれら二つのテーマよりも触れてはならないし手に負えないんじゃないかと感じているが、各人のステータスの基準として、普通に議論の対象となる。
金の切れ目が縁の切れ目との言葉通り、金銭的な問題が起こると人間関係の崩壊に即座に繋がる事が少なくない。政治や宗教だと自分の考えを改めれば何とかなるので、まだ望みがある。
現代になって特に、あらゆる物事の商品化が進んだ結果、持っている資産の多寡で生活水準の殆どが決まり、更に伝手がある人は科学の定説を超えたサービスを玉石混淆の中から選べる。
更に、一握りの資産家が殆どの富を独占している現実があるが、こうした状況が生まれるのは、超富裕層向けの高額かつ高品質なサービスが存在していないので消費が進まない事に拠る。
私はこの点に着目し、自分の関心も満たす為に精神世界に身を投じ、超富裕層向けのサービスの商品化を試みているところで、今のところ特に何の成果も出ていないが、非常に夢がある。
あらゆる物事を金銭的な取引として考える物の捉え方は、実用的であるだけでなく現実を正確に捉える上で欠かせないが、自分の心を満足させられる他の視点を常に持つ事も重要である。