瞑想修行の罠について〜洗脳に負けない理性を保てるか〜

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彼はまた、鋳物の「海」を造った。縁から縁までが十アンマの円形で、高さは五アンマで、周囲は測り縄で測ると三十アンマであった。

歴代誌下4.2

瞑想修行を続けていると良い事ばかり起こる。認知能力も情動能力も改善されて人生全体が自分の思い通りに近付いていく。ただじっと座って何かに注意を集中し続ける能力を培うだけでこれ程の効果があるのかと人々は驚嘆し、熱心に実践する。

まともな神経を持っていればじっと座っているだけで何かが良くなる事自体が罠だと気付きそうなものだが、あまりにも効果が絶大なのでそういうものなのだと受け入れる人が殆どでそれは良いんだが、問題は何処かで修行が頭打ちになった時だ。

修行を極めていくと超能力の類も開花するらしい。私は今のところ瞑想には取り組んでないのでよく分からないが、超能力とまではいかなくとも能力向上の面で自分の限界に到達した事に気付く時が来る。その時、誰かに師事する必要性を見出す。

学閥統治の観点ではスピリチュアル的な発達段階は何度も書いているように呪術的段階が問題となるので乳幼児水準の教養の問題だが、ある程度先に進んでくると全発達段階の安定的平衡点を維持している卓越した個人の後を追う必要性を感じる。

ある程度の修行の水準になると常識も倫理や道徳も割と柔軟になってきているので、突拍子もない指導や教示でも一考する癖がついている。特に修行が行き詰まって追い詰められている人なんかは明らかに邪悪な内容でもとりあえず試す事もある。

何が正しいか何が間違っているか、何が良いか何が悪いか、全て相対的な問題である事に気付いてしまう。様々な物の見方や考え方をどのように咀嚼して統合するかは各人の判断に委ねられる事になる。偉くなり傲慢になり理性を失ったら終わる。

失礼な書き方かもしれないが、瞑想を誰かに紹介するのは魚釣りと同じかもしれない。釣り餌となる瞑想の果実はあまりにも魅惑的で並み居るエリート達は一度味わったら虜になる。理性を失うにつれて適当な直観を与えて洗脳し、最後は奴隷だ。

↓【おすだけで めざめるあなたの ユダヤパワー】(笑)
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