【ネタバレ注意】マインドフルネス攻略法

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多くの研究が示すのは、人は幸運にも不運にも順応する力がとても高いということだ。しかも、一人ひとりの中での幸福感のレベルはあまり変化がなくて、大きな不運や幸運に遭遇しても、結局はいつものレベルの幸福感に落ち着いていくと考えられている。一九七八年の有名な研究では、宝くじで大金を当てた人も交通事故で寝たきりになった人も、最終的にはその人が持つ平均的なレベルの幸福感に戻っていく、という結果が出ている。双子も対象に入れた一九九六年の研究からは、幸福感の約半分は遺伝的要素に関係していると報告された。社会経済的地位、教育、家族の収入、既婚未婚、信仰心など、遺伝的要素以外の要因が生み出す幸福感の違いはせいぜい三パーセントしかなかった。つまり、人は主に遺伝子によって幸せの設定値を決められた状態でこの世に生まれるというわけだ。人の幸福は、くじ引きでよい遺伝子を引き当てられるかどうかにかかっている。

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上記の引用からも分かるように、主体が感じられる幸福度は先天的な要素で決まるところが大きいようだ。運悪く幸福感を感じにくい体質の人が心の問題をこじらせた結果、持ち前の認知能力で情動を屈服させる方法論を身に付けたという話だ。

本書によると、マインドフルネス瞑想は三本の柱から構成される。即ち、サマタ、ヴィパッサナー、ブラマヴィーラである。この瞑想を行う事で幸福になれるだけではなく、さらに成功を引き寄せられるとする主張が展開されている。

確かに、日本は何となく仏教国なのでこれらの資質を開花させる事が出来れば成功に近付く傾向が現実にあるとは言えるかもしれない。ただ、欧米などのキリスト教圏では全く通用しないだろうから、言ってみれば余興である。

さて、これらの三本の柱はそれぞれ独立して鍛える事も出来るし、それぞれ独立してテストされる事も多いが、基本的には全ての要素が絡み合いながらが少しずつ改善されていくような形となる。

例えば、サマタだと謎解きみたいな形を取る事もあるが、基本形だと小さな変化に気付くかどうかで試される事が多い。ヴィパッサナーは何かに熱中する傾向があるかどうかを見るが、継続する力があるかどうかを検証するとも言えるかもしれない。ブラマヴィーラは普段の態度を参考にしつつ、重大な選択でどのような判断をするかを辞書的に判断する事がある。

三つの要素の中で究極の目標とすべきは、ブラマヴィーラとなる。ブラマヴィーラは、愛情に満ちたやさしさ、深い思いやり、利他的な歓び、平静さ、の四つの崇高な状態から成り、それぞれに近い敵と遠い敵があるようだ。

愛情に満ちたやさしさ、の近い敵は、中毒的な愛情、条件付きの愛、で遠い敵は、悪意。深い思いやり、の近い敵は、哀れみ、絶望、で遠い敵は、無慈悲。利他的な喜び、の近い敵は、不健全な喜び、自己本位の喜び、で遠い敵は、嫉妬。平静さ、の近い敵は、距離を置くこと、無関心、で遠い敵は、動揺。

これを見て、成程、遠い敵は悪いのはともかく近い敵も良くない感情なので、努めて抑え込んで、崇高な状態を保つ為に自分の心を方向付けなければならないのだ、と考えるのは、悪感情から得られる知恵を無視していると言わざるを得ない。

重要なのは、それぞれの感情の分類そのものであり、より深い次元では同じ源泉となるものに表現が幾つかあるだけであると理解する事だ。例えば、中毒的な愛情も条件付きの愛も悪意も愛情に満ちた優しさが歪んだ形で現れているだけだと考えるわけである。

もしあなたが、悪意、無慈悲、嫉妬、動揺、と言った最悪とされるこれらの感情に支配されているなら、非常に有り難い状況であると言えるだろう。情動に深刻な障害があるとただ単に何も感じない人も居て、そういう人はある意味幸せだが、元が無いので鍛えようが無い。

それで、努力せずにこれらの悪感情を崇高な状態に消化させる為にはどうすれば良いのかという話だが、近い敵の方は分かっていても直すのは難しいので、逆にヴィパッサナーでひたすら熱中するという手が有効だろう。

即ち、飽きるまでその感情に進んで振り回され続けるわけだが、この方法の利点は、たまに崇高な状態だと言える感情が自然に湧き上がってくる事で、その時にはサマタ状態に入ってよく観察すると良い。

遠い敵に関しては逆にサマタ状態でひたすら心を落ち着けて見据え続けるのが有効だが、やはり明らかに崇高な状態だと言える感情が自然に湧き上がってくる事があるので、その兆候を感じたらヴィパッサナーも同時に行うのが良い。

崇高な状態の感情は概念としては分かっても、自分の想像で思い浮かべるものとは全く質が違っている事が多く、自分では崇高になったつもりなのに全く見当違いな方向に修行が進んでしまうという事があるが、そのような懸念を払拭出来るのが良い。

そもそもサマタとヴィパッサナーが出来ないという人は、瞑想の状態を大袈裟に捉えているか、イメージ優位の才能を持って生まれているので呼吸法の訓練がもっと必要であるか、どちらかではないか。手も足も出ないという事は無い筈だ。

自分の何となくの想像で崇高な状態を観念して強化するのではなく、近い敵や遠い敵と呼ばれる状態と慣れ親しみながら、そこから自分の血肉としての崇高な状態を引き出して、その経験を基に強化瞑想をするのが良いだろう。

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