学歴魔法界説が真実ならもっと真面目に勉強していた件

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1955年に高校の新聞に寄稿した記事のなかで、よい成績は「その後の人生で何より大切」だと、ビルは級友たちを諭している。「学校をサボっていると成功のチャンスを棒に振るかもしれない」。ちなみに、彼がこれを書いたのは1年生のときだ。

1兆ドルコーチp.23

上記の引用を読んでも、普通の人は真面目に勉強する事が成功に繋がるのだという一般論を述べているだけだと感じるだろう。私も学生時代に似たような事を言われた事が数知れないが、まともに受け止めていなかった。

日本や米国などの先進国が学歴社会である事はぼんやりと理解していたが、良い成績は優秀な頭脳を持っている事の副次的作用であって、頭が良くて課題が理解出来るなら、成績が悪くとも何の問題も無いと考えていた。

というより、わざわざしょうもない学校の勉強に対して、優等な試験の成績を取って優秀ぶって誇示するのは寧ろ馬鹿者のやる事だと考えていた。だが、人生の紆余曲折を経て、私の考えは再検証を余儀なくされている。

それは、どう見ても私と比べて全く劣等だった人達が、確かに私を越えているというか、私が沈み過ぎたわけだが、生まれ持った才能は見かけ上の因子としてはあっても、過去の成績に合わせて結果が調整されるようだ。

ただ単に政治手腕とかを合理的な方法で発揮してくるだけならまだ良いんだが、カルト宗教を非合法な方法でぶつけてきたりとか、超能力のような非科学に映る方法を駆使したりとか、成績劣等者を潰す為に余念が無い。

そんな事をするくらいなら寧ろ優等な成績を残した者を伸ばす事に労力を使ってやれよと心の底から感じるわけだが、どんな事情があるのかは分からないが劣等者を潰す方向性に限ってありとあらゆる手段を使ってくる。

私的には、そもそも勉強の機会を私から遠ざけたのは教育界の既得権益だと考えざるを得ない部分があるのだが、にも関わらず不真面目だと見做して責め立てて、地獄の責め苦を続けてくるマッチポンプで、残酷である。

引用では取り返しがつかないというニュアンスを含んでいるが、リカレント教育の潮流が生まれつつある昨今では、そうとも言い切れなくなりつつある。私がその生きた一事例で、意味不明ながら人生が好転しつつある。

ただ、当然の事ながら正規教育と非正規教育を比較すると前者に軍配が上がるのであって、厳密にはリベンジ出来るわけではないが、極端に壊滅的な成績を残した者にとっては、セカンドチャンスと言えるレベルになる。

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