「私が来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。
新約聖書(聖書協会共同訳)
よく言っておく。天地が消えうせ、すべてが実現するまでは、律法から一点一画も消えうせることはない。
だから、これらの最も小さな戒めを一つでも破り、そうするようにと人に教える者は、天の国で最も小さな者と呼ばれる。しかし、これを守り、また、そうするように教える者は、天の国で大いなる者と呼ばれる。
言っておくが、あなたがたの義が律法学者やファリサイ派の人々の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入ることができない。」
ラーイラーハイッラッラー(笑)。
全ての戒めを守るのは難しいと思うんですが、解釈の余地があるって事なんですかね。私なんか、規則が守れなくて散々でした。自分なりの理屈はあったんですけど。
十字架を肩代わりしたキリストや特別な神学者でもない限り、やっぱり、戒めは戒め、規則は規則なんでしょうけど、完成させるってどういう意味なんでしょうか。
旧約の視点から新約のキリストの行動を見ると、めちゃくちゃやっているだけのように見えるんですけど、馬鹿と天才は紙一重みたいな感じなんですかね。