信じる者は救われると信じる者は正しいか

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彼女は夜通し泣き続け、涙は頬を伝う。
彼女を愛した者の中に、慰める者は誰もいない。
友は皆、彼女を裏切り、敵となった。

哀歌1.2

このブログの趣旨は表題にもあるように猶太世界の研究で、確かなコンセンサスが無いので何でもありの好き勝手な主張が出来る点が素晴らしいと考えて選んだんだが、もしかしたら真面目に読んでいる人が居るのかもと心配になってきた。

科学が全盛期の時代にこんな事を書くのもおかしいかもしれないが、西洋の、とりわけ聖書の世界観によると、人類の歴史は信仰と背信の繰り返しだったらしい。神を信じている間は繁栄し、神から心が離れると衰退する内容になっている。

私の単なる妄想ではあるが、西洋人は表面上は科学的な議論をするし、それ以外の論理形式はナンセンスで取り合わない事が常識だが、心の中での判断基準としては、ほぼ宗教やその他の非科学的な思想を頼みにしているように映っている。

私自身は特にどの宗教にも思い入れは無いんだが、成り行きでアブラハムの宗教の独自研究をする立場に飛ばされたというか、自分で選んだのかもしれない。西洋人が衰退する事が分かっていても背信を繰り返す点が理解出来ず困っている。

科学の完成度は高く、もはや宗教が無くても全ての事象を滞りなく管理出来る水準に到達しつつある。今までと違って、本当に宗教の存在意義は無くなりつつあるので博物的価値のみが残る事になるが、現実世界に信仰の形式が残っている。

私の頭脳では現実に起こる出来事の本質を見抜くのは難しいが、常に心掛けている事は石橋を叩いて渡る点で、何かおかしな事になりそうで私に火の粉が降りかかりかねない時は、悪質かもしれないが敢えて大きなボケをぶちかましている。

この文章を書いている間にも、宗教の存在価値を無条件に確信し、何とか地上世界に存続させようと深謀遠慮を巡らせる狂信者達の息遣いが聞こえてきそうだ。確かに、冗談抜きで神の御加護としか表現しにくいような力の存在は感じるが。

↓【おすだけで めざめるあなたの ユダヤパワー】(笑)
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