「時間主義経済」とは「人々の欲求がモノではなく社会的欲求(コト)にシフトしたときに、人々がお金ではなく時間を中心にして経済活動を行うこと」。人間の「時間」を主要な資源とする産業が興り、時間が通貨(価値)そのものとなって流通するという。
「記帳主義経済」は「モノを対象としながらも、それをお金を使わないで流通させる試み」だ。モノを互いにシェアする中で「もらったもの」と「あげたもの」をすべて記帳し、その取り引きを記録した台帳を参加者全員が共有する、お金のやり取りを挟まない方法。つまり、モノを信用でやり取りするシステムだ。
「信用主義経済」は「人々が求めるものが『信用』(承認)であり、それをやり取りするツールも『信用』となる『不思議な世界』」のこと。現段階では想像しにくいかもしれないが、2100年までには現実化していくという。
https://ddnavi.com/review/452888/a/
中国が物凄くお金を儲けているみたいで、世界の覇権を握るのかと思ったらぞっとしたので、全て踏み倒してお金の概念そのものを無くしてしまう未来像があるのかどうか調べてみた。
上の見つけた記事によると、まずは「時間主義経済」と「記帳主義経済」の2本柱になる時代がくるらしい。記帳主義の方は昔の物々交換に戻る印象もあるが、時間主義の方は新しい。
民主主義が維持されれば何でも手に入る時代になるのだから、オリジナリティのみが定量化できない価値を持つようになって、物そのものではなく物作りの為の時間が価値を持ちそう。
科学技術の発展が平等な豊かさを人類にもたらしてくれるという前提での話ではあるが、物々交換も、単なる記録の為以上の意味を持たないかもしれないので、新しいのかもしれない。
まだ現在の経済パラダイムで中国が世界を支配する事は確定まではしていないとは思うが、万が一の時に備えてお金という概念を無化して全ての梯子を外す準備をしておく必要がある。
さて、その次は「信用主義経済」が到来するらしい。ここまでくれば信用の欠片も得られないであろう中国は可哀想な事になるかもしれないが、私個人も他人事ではないかもしれない。
ここでは信用と承認を等価として扱っているみたいなので、意味が取りづらいが承認欲求とかの心的な要素というよりは現実に認められるかどうかの実用的な意味のような、気はする。
本当の意味での民主主義社会と言えるかもしれないが、仮に中国が資力に物を言わせて世界を股にかけて横暴な振舞いをする予兆が見られた時には、注文するしかないのかもしれない。