能ある鷹は爪を隠す

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彼はそれを私の口に触れさせ、言った。
「見よ、これがあなたの唇に触れたので
過ちは取り去られ、罪は覆われた。」

イザヤ書6.7

リカレント教育によって万人が学び直しの機会を得た今、通常の教育を受ける上でどのような方針を採るべきかについて若干変化が生じていると考えている。かつては教育の機会は一度きりなのだから、出来るだけ好成績を目指す事が当然だった。

学閥統治の真実に気付いていない人達にとっては教育の機会が一度きりであっても人生全体で取り返しがつかなくなるという危機感は持たないのかもしれない。確かにそういう人は大勢居るし私もその一人だったわけだが、相当まずい事態になる。

平均以上の成績を修め続けると面倒な人間関係が生じがちな点が問題だった。一人で自由人を楽しんで適当に遊んでいたいのにつまらない人達に絡まれまくるのはどう考えても鬱陶しいので、出来れば先方から自発的に回避させるのが最善だった。

私自身はそのような深謀遠慮があったわけではないがボロクソだったので、学問的には誰からも相手にされないような立ち位置を維持する事が結果的に出来ていた。大学進学の成績が悪過ぎるのは流石にまずいので多少奮起したが誤魔化しきれた。

即ち、通常の教育は不毛な人間関係を助長して才能を潰してしまうような悲しい機構になっている点が否定出来ない。結局やっただけだと分かれば才能なんてものも幻想に過ぎないのかもしれないが、わざわざ出来る者を潰してしまう理由も無い。

リカレント教育は基本的にオンラインなので独学+SNSの形式になる。誰にも絡まれずに密かに自分の伸ばしたい能力を伸ばせる点は本当に素晴らしく、良い時代になったものだと思う。通常の教育は過程を、再教育は結果を追求するのが良い。

再教育の機会が万人に開放されているとはいえ、まだ普及率が低く試験的な面もあるのでチャンスでもあるが単に時間の無駄になってしまう恐れもある。とはいえ、学問が積み重ねである事を意識出来ていればそこまで酷い事にはならないだろう。

↓【おすだけで めざめるあなたの ユダヤパワー】(笑)
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