時間の浪費で意味の無いお遊戯が一番役に立つのかも

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「また、あなたがたも聞いているとおり、昔の人は、『偽りの誓いを立てるな。誓ったことは主に果たせ』と言われている。
しかし、私は言っておく。一切誓ってはならない。天にかけて誓ってはならない。そこは神の玉座である。
地にかけて誓ってはならない。そこは神の足台である。エルサレムにかけて誓ってはならない。そこは偉大な王の都である。
また、あなたの頭にかけて誓ってはならない。髪の毛一本すら、あなたは白くも黒くもできないからである。
あなたがたは、『然り、然り』『否、否』と言いなさい。それ以上のことは、悪から生じるのだ。」

マタイによる福音書5.33ー37

今までの人生を振り返ってみると、学生時代は殆どの時間をテレビゲームに費やしていた気がする。そのまま精神病者になったので社会人は経験した事が無いが、病気になってからも自分で適当に遊びを考えて一人で楽しんでいる。

進学校だったが、課題もろくにこなさず、試験成績も悪く、結果的にそれなりの偏差値のところに合格したが、結局辞めてしまった。ただ、中高を卒業出来た事自体がゲーム無しでは有り得なかったのではないかと思い始めている。

常識的に考えて、勉強を真面目にやらなかったのが挫折の原因ではないかと外野の一般人は言うが、私は逆に、ゲームに対する情熱がまだ十分でなく、作業量が不足していた結果として失敗してしまったのだと感じるようになった。

現在の私は、老後の年金生活の人のように、慎ましやかではあるが優雅な暮らしをする事が出来ている。更に、これまたゲーム感覚で集めた特殊教養書籍の収集過程で、過去のゲーム歴が反映されていると確信を持つようになった。

私のコレクションは一般向けの書籍から、最低限のメタ教養を過不足無く抽出した内容になっている。関係妄想だと言われそうだが、書籍化の壁と初刷収集の壁を両方クリア出来たのは、私のゲーム歴が政治的に反映された結果だ。

もしかすると、人生は一見全く意義の無い無駄な事に感じられる時間が一番重要で、一見重要であると信じる時間は大して意義を持たないのかもしれない。仕事で空いた時間の方が見られる業種もあるが、似たようなものだろうか。

決してふざけているわけではない。何を於いてもゲームを優先する姿勢は、きっとその人の人生を実りある内容にしてくれるだろう。勉強が必要な時には体が勝手に動くだろうし、遊べる時に遊びたいだけ遊べば良いのではないか。

↓【おすだけで めざめるあなたの ユダヤパワー】(笑)
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