真実の眼

スピリチュアル
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 前/後の混同は、現代社会において、さまざまな問題を引き起こしています。その多くは、「前ー合理的段階」の幼稚な世界観が「後ー合理的段階」の成熟した世界観に「引き上げ」られてしまうか、「後ー合理的段階」の成熟した世界観が「前ー合理的段階」の幼稚な世界観に「引き下げ」られてしまうことに由来します。どうしてこのようなことが起きるのでしょうか?
 ウィルバーによると、その理由は簡単なことで、つまり、「前ー合理的段階」と「後ー合理的段階」は、どちらも「非ー合理的段階」という意味では共通しているので、訓練されていない眼には、似ているか、同じに見えるからなのです。

インテグラル理論入門Ⅰp.153,154

プレパーソナルとトランスパーソナル

プレパーソナル(前個)的な段階(要素)は、深層心理学的に言えば、普遍的無意識だとか普遍的意識だとか、「普遍的」に人類に共通する物の感じ方を指すのだと考えられる。

例えば、褒められれば嬉しいと感じるし、重要な場面で失敗すれば恥ずかしいと感じる。当たり前の事のようだが、こうした当たり前の感情を持てる事、或いはしっかりと自覚出来る事は、プレパーソナル(前個)の充実が必須である。

プレパーソナルが充実している人達は、概して人の心を動かすのが上手い。今日、日本のスピリチュアルの分野で活躍している人達は、超感覚を身に付けているというよりは、人の心を上手く把握して、癒やしているのだと考えられる。

一方で、トランスパーソナル(超個)的な段階(要素)については、あまり分かっている事は多くない。深層心理学的に言えば、「個人的」なパーソナル的な段階と「普遍的」なプレパーソナル的な段階が上手く調和した時に出現する珍しい現象という事になるのではないか。

判定ポイントその①…利他性

プレパーソナルとトランスパーソナルを区別する上で重要なポイントとなるのが、気になっている能力者が自己中心的な動機で動いているのか、世界中心的な動機で動いているのか、という点である。

何だか大袈裟な表現だが、要は自分の事しか考えていないのか、自分と関わりのない他人の事にまで気にかけるぐらい大きな器を持っているのかで、勿論、世界中心的な視野を持っている人の方が、トランスパーソナルであると考える事になる。因みに、パーソナル段階の人は、自集団中心主義で考える事が多いようだ。

判定ポイントその②…客観性

プレパーソナルとトランスパーソナルを区別するもう一つのポイントは、客観性である。簡単に言えば、他者の立場になって物事を見る事が出来るかどうか、という一点に集約される。

これはただ単に相手の立場になって考えて、自分の気持ちを投影したり、学説に当てはめて分類するという事ではなく、正確に相手の考えや気持ちを感じ取る事である。いくら相手の事を思っているつもりでも、全く的外れな形で共感しているのであれば、客観的に現実を見る事が出来ているとは言えない。書くまでもないが、客観的な程、トランスパーソナルに近いと考えられる。

結論

インテグラル理論では、プレパーソナルとトランスパーソナルを峻別して、プレパーソナルな段階を軽く見る傾向がある。だが私としては、寧ろトランスパーソナルよりプレパーソナルを充実させた方がよっぽど人生豊かに有意義に過ごせるのではないかと感じている。トランスパーソナルなんかに到達して超能力がビシバシ使えるようになって、一体何をするのって話にならないだろうか。心の宝くじに当たったようなものじゃないか。とはいえ、利己的かつ主観的に生きる事を推奨しているわけではない。

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