《爬虫類思考》闘争を続ける神道の神・逃走を続ける仏教の仏

スピリチュアル
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あなたは野山羊が子を産む時を知っているか。
雌鹿の陣痛の苦しみを見守ったことがあるか。
これらが月満ちるのを数え
産むべき時を知ることができるか。
これらは身をかがめて子らを産み
陣痛の実を送り出す。
その子らは強くなると、野で育ち
出て行くと、もう帰っては来ない。

ヨブ記39.1ー4

日本人の殆どはお墓を持っているように、何処かの仏教の宗派に属している事が一般的である。我が家の場合だと浄土宗で、子供の頃は意味も分からずに般若心経を読んだり、南無阿弥陀仏と唱えたりしていた。

また、初詣や七五三なんかは誰でもやっている節目のイベントだが、そういう時には神社にお参りするのが一般的で、全く馴染みが無い事はないだろう。宗教を知らないと考える人達にとっても身近な面はある。

私は生理的にイライラしやすいタイプで、何も無くても鬱憤が溜まっていって心にちょっと引っかかるような事を見たり聞いたりするとすぐ爆発しかける短所があって、医学で考えても理解が難しい部分だった。

スピリチュアル的に解釈をしてみると、最近気付いたのはどうも神道系の神々が殆ど四六時中マジ切れしていて、その気に当てられているから私も切れやすくなっているのでは、という妄想みたいな結論だった。

なぜ神道系の神々がいつもマジ切れしているのか、或いはなぜマジ切れしていると考えるのかを上手く説明しようとしても難しい。原理的には、神々の感情の機微を感じ取れる程度の霊格が備わった事になるか。

一方で、仏教系の仏に関してはこれは神道系の神ほどはっきりとはしないが、神とは逆で常に恐縮しっぱなしのようなイメージを持ってしまう。こちらはそんなに困ってはいないし、ちょっと不安になるだけだ。

医学的には危機的状況に迅速に対応する為に、扁桃体という脳の器官が与えられた状況に対して合理的な判断をする前に行動する為に『闘争か逃走か』を選択するわけだが、同じ事を宗教的に行っているようだ。

別に神道や仏教を侮辱しているわけではない。日本人の統率された集団行動や空気を読む感覚のようなものは、本来なら扁桃体が受け持つべき機能を宗教的に無自覚に管理している結果なのかなと感じただけだ。

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