当たり前の世界の不思議〜なぜ科学は正しいのか〜

スピリチュアル
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愚かな者にはその無知に合わせて受け答えをするな
あなたがその人に似た者とならないために。
愚かな者にはその無知に合わせて受け答えせよ。
その人が自分を知恵ある者と思い込まないために。

箴言26.3ー4

スピリチュアルの世界でも宗教の世界でも、神通力のような超能力が修行を究めた人達の境地として描かれている事が多い。前提として、普通の人は普通に自分の身体を超えた領域は直接操作出来ない事になっている。

先進国の現代人は皆が科学教育を受けるので、世界は客観的で自分からは切り離された外部環境であると信じている。幼い私はそれを聞いて半ば絶望しつつも納得したのだが、改めて今考えるとおかしい気がしてきた。

改めて考えると、なぜ科学は正しいのかが分からなくなってきた。建前としては未知の客観的世界を観察と論理によって解明している事になっていて、あくまで分析なので現実を規定する規則ではない事になっている。

若い頃は一応それで腑に落ちていたのだが、宗教に触れて権力の実在を何となく実感している内に、客観的世界が一通りに定まっている機械仕掛けの現実設定自体が、そんなに簡単に成立する話ではない気がしてきた。

歴史に目を向けると、自然科学の基盤となる数学は何千年も前から存在していたわけだが、宗教に支配された世界だった為に学問はないがしろにされていた事になっており、科学的視点では宗教は悪という扱いである。

素朴な疑問として、行為主体が存在しないような世界が有り得るのだろうかというのがある。私達人間は自分の身体を操作して客観的世界という共通のインフラの中で相互作用をしてコミュニケーションを行っている。

人間でなくても動物でも植物でも良いが、意思のある主体が自発的に行動しなければ何も変わらないという経験則があって、何の意思も無いところに普遍的原理原則が存在している事が不思議だと感じるようになった。

なぜマクスウェルの方程式のように電磁気力が働くのかやニュートンの方程式のように力学が働くのかなど、全く意味が分からなくなった。更に、宗教的奇跡のような例外がある事を知ってその考えに拍車がかかった。

現実に通用する正しい知識を正しく伝達出来る事についても、並大抵の事ではないように感じるようになった。要するに、教育界が政界や宗教界を越えて実は物凄く大きな権力を持っているのではないかと疑っている。

まぁ、いつもの事ながら表現が堅いので全然書いている事の意味が伝わってないかもしれないんだが、要するに、現実は本当は魔法界で科学によって統治されていて、その手段が主に成績なんじゃないかと考えている。

問題は、ただ単に優秀であれば良いとも言い切れない部分で、頭が良くて早死する人も居れば飛び級までして雀の涙の給金の研究者も居れば、といった具合で厳密に何が評価されているのかがよく分からないところだ。

結局、何処かに権力が集中しているから科学の独裁になっているのは間違いないと思うんだが、教育者達が実権を握っていると判断するのも早計かもしれない。結論は出ないが、科学の密教を学んでみたいものである。

↓【おすだけで めざめるあなたの ユダヤパワー】(笑)
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