冗談が通じない人達

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思い起こしてみよ。
罪がないのに滅びた者があったか。
正しい人で絶ち滅ぼされた者がどこにいたか。
私の見たところ
不義を耕し、労苦を蒔く者は
それを刈り取っている。
彼らは神の息によって滅び
怒りの息吹によって消えうせる。
獅子の雄たけびも獰猛な獅子のうなり声もやみ
若獅子の牙は折られる。
雄獅子が獲物を得ずに滅びれば
雄獅子の子らは散らされる。

ヨブ記4.7ー11

私の勝手な考えだが、日本は神道と仏教が普及しているので、神道は幻術が主で本当は何も無いところに幻を演出して人を動かす技術が専門、仏教は現実そのものの変容ではなく現実の解釈の変容に関して、理屈をこね回す衒学が専門だと見ている。

単純化してしまえば、幻術といっても奇術を用いた冗談の延長線上にあるわけだが、日本人によくある傾向として策士策に溺れるというか、展開する幻術を自ら本気で信じ込むようになる事例が見られるようで、結果的に真贋が見分けられなくなる。

或いは、最初から神通力のような特殊能力を身に着ける為に心霊の世界で研鑽を積む場合もあって、反科学である事が多いので何とも言えないし本当にそういう能力が存在するのかどうか私には分からないが、偶然の一致自体は統計的に有意にある。

幻術士や衒学士が自分の専門分野で粉砕されて木っ端微塵になってしまうような場合はどうなのだろうか。科学の範疇で考えるなら論理的思考力と義務教育水準の教養があれば十分だが、非科学だと単にメンタルの持久力が試される事になるだろう。

善良な意図を持っていてもどのような結果が出ているか不透明な場合や、明らかに悪転しているように感じられる事は、非科学的なアプローチを取る人達に多い。とはいえ、少なくとも答えが分かるまでは継続しないと、何の糧も得られないだろう。

↓【おすだけで めざめるあなたの ユダヤパワー】(笑)
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