免罪符発行機関としての宗教〜人格変容技術の悪用〜

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悪しき者を正しき者とする
  正しき者を悪しき者とする
どちらも主のいとうこと。
愚かな者が代金を手にしているのはなぜか。
思慮もないのに知恵を買おうとしている。
友はどのような時でも愛してくれる。
兄弟は苦難の時のために生まれる。

箴言17.15ー17

昨日は現在行われている参議院選挙について書いた。個人的には、政治は楽をして得をする手段で良くないと思っているので、有権者として投票するのが関の山で有料サービスには手を出さない事にしている。

政治にはギャンブル性があるので手を出すと身を持ち崩す危険性があるし、そもそも私は資金力的に論外なので有料サービスは難しいんだが、現実の理想的な目標設定が終わるまでに時間がかかる点も大きい。

宗教の方は単純に好きなので続けているというか、どこの誰かも分からない人達に呪われまくって、精神科に掛かるレベルにまで悪化して、放っておいたら人格が修復不能になりそうだったので仕方無かった。

宗教は政治のように分かりやすい社会科学ではなく人文科学に位置付けられており、大っぴらに語られる事は無いが、人の心を動かすという意味で間接的に権力を生み出すだけでなく、神通力も存在している。

各々の個性を陶冶する事で人生を底上げする人格主義的な考え方の実践は現実的には難しく、聖人君子のように清廉潔白で権力闘争で勝ち残るのも難しいので、突破口が必要であって宗教的手段の需要がある。

本来は自分の理想の人格に応じて過去の様々な経験の重み付けを行って自分自身を磨き上げる方向性で活用すべきだが、恐ろしい事に、悪事を続ける為の誤魔化しの手段として使う者達が少なからず存在する。

大抵の聖典には悪事を善行として超法規的な完全犯罪の形で行う手段が用意されているのでそれ以前の問題もあるが、俗世間的な意味での悪事の中毒になってしまって歯止めが利かなくなってしまうのである。

このような状況が維持されているのは非常に理不尽で可能な限り速やかに解決すべきだが、私の立場では、宗教こそが人生の意味を与えるので、全ての人が教養として銃のように身に付けるしかないと考える。

↓【おすだけで めざめるあなたの ユダヤパワー】(笑)
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