聖人君子は実在するのか

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イエスはお答えになった。
「『人はパンだけで生きるものではなく
神の口から出る一つ一つの言葉によって生きる』
と書いてある。」

マタイによる福音書4.4

聖書ではパンと言葉がセットで登場する。この前、日本聖書協会の動画を見ていたら、布教活動で文字通り神の言葉の集大成である聖書とパンを配って回っていた。以前にも書いた事があるかもしれないが、どちらか一方だけでは伝道として成立しないらしい。

普通の人というか、物質的な文明に馴染んだ人達は多分パンだけを欲しがるんだが、単なる慈善活動になるし、それでは駄目らしい。逆に御言葉だけ欲しがるような人が居るのかどうか分からないが、その場合でも何らかの手土産が必要となるのかもしれない。

パンは生活必需品全般や場合によっては贅沢品も指すのかもしれないし、言葉は現実の場面では単なる有り難い話に限らず権威的な命令のような内容も含むのかもしれない。こうした慣習が基督教に限った事なのか、誰にとっても常識であるのかは分からない。

例えば日本だと、どちらかと言うとお上の言う事を聞くのは当たり前で特に報酬なんか無いし、たまに気まぐれで評価されたりされなかったりするくらいだった気がする。金とコネで殆ど決まってしまう部分もある気がするが、海外でもその種の影響はあるか。

元々資産があったりずば抜けて能力が高かったりする場合も少なくはないが、何も持たない人達が身を立てようとしたら普通は真面目に教育を受けるくらいしか無いし、一芸に秀でるような場合でも初等教育レベルは真面目に受けている人が多いんじゃないか。

都市伝説のような話だが、人間性が成熟してくると奪う事よりも与える事に喜びを感じるようになって、居るだけで全ての事が好転していくらしい。科学的には人間性は抽象的で計測出来ないので教養の多寡になりそうだが、十分条件ではないのかもしれない。

実によって木を知るべしと言うべきか、パンと言葉の組み合わせには一定の法則性があるだろう。猛毒のような言葉に美味しく温かいパンが付いてくる事は考えにくいらしい。何でもかんでも従っていたら食べられないパンばかり抱えさせられるリスクがある。

↓【おすだけで めざめるあなたの ユダヤパワー】(笑)
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