幼少期の教育の方が大事らしい件

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主こそ、私を待ち伏せる熊、隠れ潜む獅子。
主は私を道からそらし
引き裂き、見捨てられた。
弓を引き絞り
矢の的として立たせた。

哀歌3.10ー12

私の悲しみの思い出を交えつつ大学の個性について勝手な見解を書いてきた。ただ、統合失調症患者にまで堕ちて思うのは、寧ろ生きていく上で役に立つのは小さい頃に受けた教育の多寡ではないか、という事だった。

私は駄目元で乳幼児レベルの算数や情操教育からやり直していて、本当に馬鹿らしいとは思いつつも精神病のデイケアではこのようなレクリエーションを真面目にやっているので、特注カリキュラムと捉えて実践した。

算数や数学は積み重ねの学問という印象が特に強いが、多分その理由は理論自体が前の段階を応用しているからというよりは、前の段階で好成績を修めていなければ解法を発想する余地を生理的に断たれるからだろう。

宿題などの提出物も含めて学校の成績も最悪の状態が続いていたがなぜかふざけて天才扱いしてくる人が居たので調子に乗っていたんだが、まさか学校の成績で能力そのものにまで影響が出るとは想定していなかった。

能力は生まれつきの資質であって、勉学成績によって変動するような物ではないと考えていたので、自分が選ばれし者レベルの知性を持っているかどうかだけが問題だと考えていたわけだが、どうも違っていたらしい。

学閥統治の真実に気付いてしまった今では、まさに幼少期の裏学問をきちんと修める事が非常に重要だったと感じていて、この辺が欠けると発達障害とか統合失調症とかに「成績が理由で精神病になる」事が有り得る。

優秀な数学者なんかは浮世離れした人が多くて出来る事の範疇が大きいのでそれはそれとして有りなんだが、基本的な常識的感性が欠けているような人は恐らく誰でも楽勝で解けるような簡単な経歴を見落としている。

漸く何が起こっているのかに辿り着いた私は海外の乳幼児教育のカリキュラムを必死でこなしているわけだが、日本と海外だと仕様が違うし補習扱いになるので現役時代に好成績を残した人達と同じようにはいかない。

とはいえ、世の中には理不尽な事は何一つ存在せず、起きている事は全て正しいのだと原理的に理解出来たのは良かった。生まれつきの能力の個人差は若干は気になるが、常識的な範囲では努力でカバー出来るようだ。

↓【おすだけで めざめるあなたの ユダヤパワー】(笑)
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